読書の最近のブログ記事

今日も一日ありがとう

継続は力なり。ありがとうございます。何を思ったか、坂井三郎の「大空のサムライ」を本棚から引っ張り出して読み返しています。著者が飛行練習生に選ばれてからはじめての単独飛行に至るまでの過程がこと細かく書かれていていろいろ勉強になります。以前読んだ時とはまた違った発見があり、なかなか読み応えがあります。

今日は雪→みぞれです

久しぶりの「おしめり」です。ありがとうございます。

このまえ本屋さんで「日本の論点2009」という本を買った。いろいろなことが書いてあって面白い。その中で、いわゆるグローバル化に賛成の立場の人と反対の立場の人それぞれの文章があった。前者の立場の人はこのままでは日本は世界から取り残され「ガラパゴス化」すると警鐘を鳴らしていたが、後者の立場の人は「ガラパゴス化」結構じゃないかという内容であった。オレ思うにガラパゴス諸島には珍しい動物がいてだからこそ価値が高いんじゃねーの?世界がフラットになってしまったら面白みのない世の中だな~、とかそんなこと思いはじめた今日この頃であった。日本はガラパゴスになる方がいいのかもしらん。それで日本人が幸せに暮らしていれば、世界中の人々が日本にあこがれ、日本のような国になりたいと思うのではないか。(このへん日下公人氏の本に書いてあったようーな。)正直に勤勉にかつ多くを望まずに生きることが「結局は幸せ」でそれを実践する日本人がその方法で成功すれば、世界中の人々がそれを真似るようになるのではないか。21世紀は日本の世紀になるのではないか。大丈夫だ、日本の未来は明るい。

 

次回の読書会の課題本は

私の選定になるのですが、孫子に関する本にしました。戦わずして勝つことを最善であると考えた人です。我々は戦争といえば戦闘シーンのみを思い浮かべてしまいますが、孫子を読めばこれは間違いであることがわかります。中国古典はいろいろと奥が深いです。

最近書店をうろついていると

血液型の本で、B型はお気楽な性格云々…、といった本が出回っているらしい。まことに嘆かわしい。オレはB型だがきわめて神経が繊細であるぞよと声を大にして言いたい。大雑把な性格などでは決して無い!いつもいつも最悪なことばかりを想定して神経をすり減らし、毎日精神がへとへとである。ただ他人から見るとそう見えていないだけ(?)かもしれん。他人にどう思われようとも常に最善を尽くしているだけである。(ちとヒートアップしてしまったか)

例の「正法眼蔵随聞記」の続きですが

「学道の人は先づすべからく貧なるべし」とのこと。うーーんなるほど、私は第一段階は見事にクリアしているようです。次に「財多ければ必ずその志を失う」とありますが、私は財は無いのですが肝心の志の方が…。

まぁなんだな本屋で立ち読みしてると

経済関連の書籍で日本の行く末を暗いものとする論調が多いの。まぁセンセーショナルな題名にしないと売れないというリクツはわかるが。でも国の借金と一般家庭の借金を同一視する論調はいかがなものかのぅ。国と一般家庭を対比するなら「円」は「肩たたき券」に相当するだろう?一般家庭で言う借金は国でいったら対外債務だろう?日本の対外債務ってそんなんあるんか?金持ちがお金使わんから国が代わってお金使ってくれるんだろ。お金は回ってこそ意味があるからなぁ。オレらみたいにギリギリの人にお金を回してくれれば必ず使うから、お金持ちなどよりオレらの方にお金を回していただきたい。

今日は読書会です

課題本は三浦綾子著「塩狩峠」です。まだ読みきっていません。1/3も残っています。どうしよう。

今日も一日ありがとう

継続は力です。ありがとうございます。次回の読書会の課題本「塩狩峠」(三浦綾子著)を読み始めたところです。長編小説です。おもしろそうです。では。

「生物と無生物のあいだ」という本を読んでいます

もう、とても面白い。自分は昔から生命体とそれ以外のものの区別って究極のところ何だろうと漠然とながら思ってきたことなので、本屋さんでこの本を見たとたんに買ってしまいました。うーーん、この本によると生物の定義とは、「動的平衡状態」のことをさすらしいです。メカはパーツの集合体ですが、生命体というのはパーツの集合体ではなくて、「流れのありよう」をさすのだとか。うーーんなんか禅問答チック(?)で納得させられるです。腑に落ちたというかなんというか。まだ読みかけなのでこれから残りを読みきる予定です。

今日は読書会です

課題本は「老子と暮らす」です。老荘の思想は儒教思想の対極をなしていると思われますが、中国の歴史の奥深さを感じられるような気がします。
儒教=人為
道教=無為
日本では儒教は道徳として受け入れられてきたようですが、儒教って政治を究める思想だと思うです。ただ技術者(=理系)を小人としてバカにする思想が気に喰わんです。官僚機構がその典型でしょうか。

松本清張の「点と線」を

テレビ朝日でドラマで化して、昨晩と今夜にかけて放映している。ずーっと昔にこの小説は読んだけど、なんか東京駅での例の設定になんか無理があるような気がして、それより「ゼロの焦点」の方が面白かったような記憶がある。(いまいち記憶があいまいだが…)。松本清張もいいが推理小説では高木彬光の作品をよく読んだなぁ。成吉思汗の秘密なんか特に面白かった。最近は推理小説はまったく読んでないなぁ。

呉智英さんの「現代人の論語」を

読みかけになっていたのにふと気がつき続きを読む。この本からは孔子という人はかなり過激な思想家だったことがわかる。我々がこんにち思っているような一般的な道徳と孔子が教えた儒教とはどうも違うみたいである。さももっともらしく道徳的に振舞う人を「なんだかなぁ」という思いで見ていたが、孔子も「郷原は徳の賊なり」と言って嫌っていたらしい。中道の人が得られないなら次善の策として狂の人を求めるといったあたりは、孔子もなかなかやるじゃん、といった感じで好感が持てる。この本の中で著者が論語はなにも2500年も後の中高生の道徳教育のために書かれたものではない、といったようなことを言っているがなるほどなぁである。

現代人の論語の続きですが

儒教の最大の欠点は実学を軽視している点だそうな。オレもそー思うなぁ。儒教はスペシャリストをとても下の存在としてみるようで、この辺に今の日本の官僚組織の文系優位理系劣位の思想の源泉がありそうだなぁ。でも日本には儒教って道徳として取り入れられたので儒教思想の真髄みたいなものは浸透しなかったと思われます。その証拠に職人の地位が高かった。これは日本にとって良いことだと思う。外来の思想のよいところだけを取り入れ合わないものはフィルタリングする。じゃぁこれからのグローバル経済に対してどう対処していけばよいのだろう。むずかしい。

呉智英という人が書いた「現代人の論語」という本を

読んでいます。この人は以前朝まで生テレビ等にたびたび出たりしていて、その言動が面白かったので覚えているです。自ら封建主義者を言い、あだ討ち制度を復活させるべきと、結構過激とも思える発言をしていたりします。で、やっぱりこの本もゴチエイさんらしく面白い。「子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。」の本来の意味はクーデターの予行演習という説もあるとか、うーーん、いろいろ解釈があって面白いです。今まで儒教とか論語とかとかく「形式主義」「偉そう」「退屈」「説教」の4文字しか浮かんでこなかった自分にとては、いいきっかけの本です。

2020年4月

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